第8話:butter + fly(蝶)(4/20更新)「ん~…、これまた不吉な朝焼けだなぁ」茜色に染まった東の空を見ながら、伸びをして一言呟く。 天界での修業時代から染み付いた習慣なのか、 それとも太陽の光を聖気の源としている本能の所為なのか、 天使の朝は早い。 ラバイトは屋根の上で日の出を出迎え、翼を広げて日光を浴びていた。 「…何時、寝てんだか…ったく…。 お早う、ラバイトー」 ガラス戸をゆるゆると開けたセシルが、 ラバイトを見上げて眩しそうに顔をしかめた。 まだ少し眠そうな顔である。 黒シルクのパジャマ姿のままで、髪も結わず、眼帯も着けていない。 ラバイトは存分に光気を浴び、セシルの傍へ下りる。 「お早う、セシル。…やっぱり朝の陽は苦手かい?」 「左眼はね。…知ってるだろ」 魔族は基本的に日光が苦手なのだが、 魔力を失ったセシルの右眼は何とも感じないのだ。 ラバイトは申し訳なさそうに、セシルの右頬に触れた。 「朝っぱらから、そんなカオしないで…僕は平気なんだから。 それよりラバイト、お前こそ、睡眠足りてるのか?」 「へ?」 「また僕が眠りにつくまで起きてたろ?なのに日の出前に起きて…」 セシルに心配され返されて、瞬きをぱちくりと数回したラバイトの目が、 またへにゃりと細くなる。 そして、いつもの笑顔でセシルを見た。 「だって、セシルの寝顔、見たいも~んvV」 「お前なぁ…人が真面目に心配してるの、解っててワザと… ってオイ、眉間に指押し付けんなコラッ!」 「だって、また眉間に皺寄せてるんだもん。 駄目だよセシル、癖になっちゃう」 セシルの眉間に出来た縦皺を、人差し指でうにうにと押す。 セシルも口では「止めろってば!」と言っているが、 本気で嫌がってはいないので、腕は構えるだけだった。 …2人っきりであれば。 「…ホント、朝っぱらから惚気やがって」 セシルは思わずラバイトを引き剥がした。 セイが新婚夫婦(?)のいちゃつきを、苦々しく見ていたのだ。 「今から朝メシ作るから、乳繰りあってないで着替えろよ… 今日はトーストな」 「邪魔しやがって」と言わんばかりのラバイトの視線が刺さってくるが、 セイはそれにも慣れた。 「目撃されるお前らが悪い」とセイは心の中で悪態をつく。 問題はこの後…ザクラだ。 * バタン! ドタバタドタバタ…バッターンッ!!! 「ハムエッグーーーーッ!!!!」 ブフッ! 「ラバイト…紅茶が…」 ザクラの登場に、ラバイトが思わず噴き出した。 慌ててセシルが拭う。 そう、ザクラは未だにシャツ1枚の姿で朝食の場に飛び込んでくるのだ。 「お前…昔っから言ってるだろ…」 ザクラの姉であるセシルはうんざりして言った。 (そうそう…こういうのは身内が言ってやった方が…) セイは「何だ、その格好は!!!!」とセシルから 姉らしくビシッと言ってくれる事を、密かに期待した。 「食べ物の名前ではなく、『お早う』だろ!!!!」 「あ、そっか。おはよー♪セシル、ラバ君」 ブブフーッ!! 今度はセイが緑茶を噴き出した。 「ゲッフ、ゲハッ… 確かに挨拶は大事だ…が。 この格好の方が問題あんだろゴルァア!!!!」 「問題? …あぁ、確かに。僕の(大事な)妹が、 貴様のだらしない古着なんかを着ているのは問題だなぁ? …何故、新品を着せない?」 セシルがキッとセイを睨んだ。 (…そこかい!!!!) 「僕が『セイの要らない服でいい』って言ったんだよー。 だって、人間界って、新品買うにもオカネ?がいるしー」 くたびれた袖をブラブラしながら、ザクラがセシルに言う。 (…フォローになってねぇ!!!!) 「…いや、あの…、ザクラ? …俺も古着が問題ではないと…」 ラバイトもどうツッコもうか、戸惑っている。 「??? ラバ君まで、何? 一応、裸じゃないし、何がいけないのー???」 一番的確な意見が1つ。 「『そげな格好しとったら、男は色々ヤラシイ目で見てしまう』 …とでも言いたいんやないとー?」 突然、聞き慣れぬ訛り言葉が割り込んできたので、 4人ともそちらを振り返った。 眼鏡を掛けた見知らぬ女が、 「まぁ、まだオッポとハネ、取れとらんっち事は、 まだ手ぇ付けちょらんちコトか…おカタイねぇ~」 とブツブツ言いながら、 トーストにバターをたっぷりと塗っていた …「塗る」というよりも「載せる」と言った方が正しい量だが。 「「「「…誰?!!!!」」」」 4人同時に訊ねてハモったので、 その女は感心したように顔を上げ、 「おぉっ、意外と息あっとーね♪」 と言いながらトーストに噛り付いた。 「誰だ、『東京タワー』のオカン?みたいな しゃべり方をするこの女は… てゆうか、ソレ、僕の分のトースト…」 「ケチい事いーなさんな、セシル=クロウ。 パンなら焼きゃ、まだあるやろー?」 「何故、僕の名を知っている?!」 「知っとおもナンもアンタ、こっちの業界じゃあ、 セシル=クロウとラバイト=インセルグ、でったん有名やもん。 まぁ、もっと細かい事教えて欲しかったら、 まずザクラ、アンタ早よ脚隠せる服に着替えりぃ。 …でないとアンタの分も食べっしまうぞー♪」 女がハムエッグにフォークを突き刺す素振りを見せると、 ザクラは「僕のハムエッグーっ!!!!」と悲鳴を上げながら立ち去った。 「ホレ見てみぃ、 あの子まだ“色気より食い気”やけん、こう言うた方が早いと!」 勝ち誇ったようにフフンと鼻で笑い、セイを見た。 方言はともかく、ナルミとそっくりな態度だ。 「それに引き替え…セシルは、 その男心が読めん無防備さが反って男を煽っとるというか。 誘っとるというか、萌えというか。 難儀な男にウケるんやろねぇー…ロアを含めて」 最後の一言にセシルは赤面し、カッと目を見開いたが、 女は気に止めずに、 「オカンの受け売りやけど、いさってない方がモテるんよー?」 と言い続けた。 「つか、あんたどちら様? 【結界】に反応も無く、この家に上がり込むなんて…何者?」 「はぁああ?! 薄情モンやねセイちゃん! せっかく帰ってきたとに、ナンなん?!」 ワザとらしい嘘泣きを始めた。 「イヤ、俺はあんた知らねーし。 家主の母さんとその血縁以外は【結界】に引っ掛かるハズ… てか何語すか…?」 「…え、アンタまさか、 オカンか饗音から、ナーンも聞いとらんと?!」 顔を上げて、セイの顔を見た。 本気で驚いたらしく、目を見開いた後、呆れたようにため息をついた。 「あっちゃぁ~、たりぃなぁ~…。 じゃあ、ウチの事も覚えとらんやろうねぇ? ウチが出てった時、 アンタまだハイハイ卒業したての赤ん坊やったけん…」 今度は適当に紅茶が入ったカップに手を伸ばし、 ありえない量の砂糖をザックザクと入れ始めた。 ラバイトが「ソレ、俺の飲みかけ…」と言いかけたが、 全く聞く耳持たずである。 女は甘ったるい紅茶を飲み干し、セイに向かって話を続けた。 「ウチ、アンタの“お姉ちゃん”なんよ。 オトンは別やけど、オカンは同じやけ、 アンタ同様この家の【結界】はパスしきると♪」 ・・・・・・お姉ちゃん?! 「「「…なにぃいいいい?!!!!」」」 3人それぞれの声がこだました。 「改めて自己紹介しちょこーか? ウチ、『闌 蝶好(タケナワ チョコ)』と申しますー。 ちなみにウチの喋り、北九州弁と筑豊弁が混じっとるけん、 聞きづらくてゴーメン♪」 博多の銘菓『二○加煎餅』を差し出しながら、 チョコはニヤリと笑った。 ジャンル別一覧
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